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山浅龍之介の出身中学と経歴!ずっと泣いていた過去とは?精神力を鍛えたエピソードも

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山浅龍之介選手(聖光学院高校)は、「守備力の高さは捕手でもトップクラス」とドラフト注目選手です。

そんな山浅選手には”人生のなかで一番衝撃的な出来事だった”と語る辛い思い出があります。

ついては、山浅龍之介の出身中学と経歴!ずっと泣いていた過去とは?精神力を鍛えたエピソードも、という流れで詳しく紹介いたします。

最後まで楽しんでご覧ください。

山浅龍之介選手の出身中学は?

引用:東北楽天リトルシニア第3期生メンバー

山浅龍之介選手の出身中学は、宮城県富谷市立東向陽台中学校です。

山浅選手は秋田県出身ですが、中学進学後に東北楽天リトルシニアに入団するため、家族で宮城県に引っ越した経緯があります。

東北楽天リトルシニアとは、楽天イーグルスが運営する中学生年代のチーム

東北楽天リトルシニアは2014年発足、2015年度に第一期生となる中学1年生20人でスタートしました。

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山浅龍之介選手は、2017年度第3期生として入団。

初めて3学年が揃い、40人のメンバーで活動を始めたのです。

山浅龍之介選手は、東北楽天リトルシニアに入団するとメキメキと頭角を現し、全国大会に出場するなど、チームに大きく貢献しました。

  • リトルシニア全国選抜野球大会
  • リトルシニア日本選手権大会
  • ジャイアンツカップ

山浅龍之介選手の経歴まとめ

父親の影響で野球を始めた山浅龍之介選手。

スポーツ少年団や、東北楽天リトルシニア時代の経歴をまとめました。

小学校2年生
(父親の影響で野球を始める)

小友ジグザグ野球スポーツ少年団
(父親がコーチ)
小学校6年生東北楽天ゴールデンイーグルス
ジュニア入団
中学1年生
東北楽天リトルシニア入団

リトルシニア日本選手権大会
2017年(2回戦)

ジャイアンツカップ
2017年(1回戦)
中学2年生リトルシニア全国選抜野球大会
2018年(1回戦)

リトルシニア日本選手権大会
2018年(2回戦)

ジャイアンツカップ
2018年(1回戦)
中学3年生リトルシニア全国選抜野球大会
2019年(3回戦)

リトルシニア日本選手権大会
2019年(ベスト8)

ジャイアンツカップ
2019年(2回戦)

山浅選手は、小学2年生の夏、父親の恭悟さんがコーチを務めるチームに入り野球を始めました。

山浅龍之介選手(中央)父の恭悟さん(右)母の福子さん

引用:朝日新聞デジタル 

父の恭悟さんも高校球児だったことから、山浅選手にとっては心強い指導者だったことでしょう。

当時の様子を、母親の福子さんはこのように語っています。

「帰りの車で反省会、帰宅しても風呂場で反省会、夕飯の時も試合の映像を見て反省会だった」

家族のサポートが山浅選手の活躍を大きく支えていたのですね。

東北楽天シニアでは、東北選抜台湾遠征メンバーにも選出されました。

山浅龍之介選手のずっと泣いていた過去とは?

山浅龍之介選手には、”ずっと泣いていた・・”と明かす辛い過去があります。

山浅龍之介選手のエピソード:2021高校野球県大会で最後のバッターに

昨年(2021年)夏、聖光学院高校は福島大会準々決勝で光南高校と対決。

山浅選手は、2年生で唯一のレギュラーとして出場しました。

聖光学院高校は、13大会連続で甲子園に出場している名門校です。

しかし、4点を追う9回二死一、二塁のチャンスで打席に立った山浅選手は空振り三振。

その瞬間、聖光学院の戦後最長記録を更新していた夏の福島大会連覇が13で止まったのでした。

「スライダーだったのは覚えてます。

三振した瞬間、『うわぁ……!』って。

そこからはずっと泣いていた記憶しかないです」

山浅選手は、楽天シニア時代にも正捕手を務め、全国大会に何度も出場するなど、どちらかと言えば順調にキャリアを歩んできました。

高校2年生だったとはいえ、先輩たちの夏を終わらせてしまった責任に、人生のなかで一番衝撃的な出来事だったと当時を振り返っています。

この辛い経験から立ち直るため、寮の自室に敗戦の記事を貼ったり、スマホには屈辱を味わった日、<7.20>の画像をすぐ見える位置に残しておく。

目を背けてきたニュースのハイライトも見るようになり、知人からは自分が三振した瞬間やバッターボックスで泣き崩れる写真をもらい、現実を受けるよう努力しました。

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山浅龍之介選手のエピソード:10代の辛い約束

山浅龍之介選手は、産経新聞社主催、全国で5名しか受賞できない栄えある賞を受賞しています。

聖光学院2年生だった山浅選手が応募した入賞作品です。

少し長い文章ですが、山浅選手が甲子園で活躍する源になっている精神力の強さが、ヒシヒシと感じられ胸が熱くなります。

第25回入賞作品2020年

あの子とした約束は、もう果たせない。

「いつか大きな舞台でまた会おう、約束な。」

小学校を卒業する時に交わした約束だった。

 彼とは、幼い頃から仲が良くてよく一緒に遊んだ。負けず嫌いで、負けるとすぐに泣くし、すぐに怒る。でも優しくて、とにかく一緒にいて楽しい奴だった。彼は柔道、私は野球、やっているスポーツはそれぞれ違ったけれど、一緒に夢を語り合えるようなそんな仲だった。彼とは、たくさん笑ったし、二人でめちゃくちゃに怒られることもあった。

そんな私たちも小学校六年生、もうすぐ中学生になるという時、私は夢に向かって進むために、秋田県から宮城県の中学校に転校することが決まった。どうしても入りたい憧れのチームがあったからだ。一人も友人がいない、知り合いもいない、不安や怖さはあったが夢に向かって進むという信念に決意に迷いはなかった。もちろん、行くことが決まってから、すぐにそのことを伝えた。

「俺、中学校からは宮城で野球することにしたんだ、だから、中学からは転校することになるんだ。」

「本当か、頑張れよ。先行かれちゃったなぁ、俺もすぐに追いつくからな、越されないようにしっかり練習しとけよ!」

 いつも通りだった。負けず嫌いなのは知っていたし、本当はどう思っていたのかは知らないが、彼の表情からは決意がひしひしと伝わってきた。

「いつか大きな舞台でまた会おう、約束な」その約束と夢を持って私は、宮城県の中学校へと進学した。

 新しい場所での生活は思った以上に大変だった。誰一人として知り合いのいない学校で、友人を作ることから始めて、知らないことだらけの生活を家族と一日一日勉強しながら暮らしていった。友人関係も、野球も、なにもかも上手くいかず、

「このまま家族に迷惑を掛け続けるのなら、もう地元に帰った方がいいんじゃないか。」

「もう逃げたい。」

「辛い。」

 そんな時、私を踏み止めてくれたのは、彼との約束だった。

「夢に向かって苦しんでいるのは俺だけじゃないんだ、自分で進んだこの道、逃げるわけにはいかない。」

 私の戦う理由の一つだった。

 そこからの三年間はあっという間に過ぎていった。良い事も悪い事もたくさんあったが、最高の中学生活三年間になった。

 ステージは高校に変わり、また一から進んでいこうと思った。

 しかし、それは突然だった。

 両親からの急な電話でその事を知った。

 「〇〇くんが亡くなっちゃった。しかも、自殺で。いじめられて、柔道も上手くいかなくて、昨日亡くなったって。」

 それは彼の名前だった。将来や、夢を語り合った、彼の名前だった。

 言葉が出なかった。

「約束したのに、辛くても頑張ろうって約束したのに。」

 何もできなかった自分が本当に嫌になった。一人でずっと苦しんでいたのだろう。

自分の事で精一杯だったとはいえ、連絡の一つもできなかった。メールの一つでもできたら、何か変わったのではないか。自分を責めた。

「もう同じ約束は果たせない。あいつの分まで戦って、大きな夢を、舞台を見せてやるよ。」

 今、私は高校野球で夢を、目標を掴むために戦っている。まだまだ弱くて、何もできない。でも、その現実に立ち向かい続ける。

 もう一人の夢ではない。戦う理由がそこにはある。チームメイト、家族、支えてくれた全ての人、そして彼との約束を守るために。

山浅 龍之介(16歳 高校生)

引用:産経新聞約束エッセー大賞

「向き合わないと前に進めない」

こうして辛い過去を乗り越えてきた山浅選手。

最後の甲子園では、思い切り自分を出し切ったプレーを見せてくれることでしょう。

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山浅龍之介選手のプロフィール

聖光学院高校では、1年生秋からベンチ入りを果たしました。

山浅龍之介選手のプロフィールです。

名前:山浅龍之介(やまあさりゅうのすけ)

出身地:秋田県由利本荘市

身長:175 cm

体重:82 kg

投打:右投左打

ポジション:捕手

勝負強く、打撃も5番!

山浅選手は、二塁送球2.0秒前後のプロ注目捕手です。

まとめ

今回は、聖光学院高校の山浅龍之介選手について、出身中学や経歴、辛い過去を乗り越えた精神力について紹介しました。

これからますます活躍されることでしょう。

期待しています!

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